【連載】1969年の夢、失われゆく黄金時代へのラブレター。21世紀のTOP20から解剖する『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の「映画とノスタルジー」
「むかしむかし、ハリウッドで……(Once Upon a Time in Hollywood)」
タイトルが示す通り、これはおとぎ話です。
クエンティン・タランティーノ監督の第9作にして、彼のキャリアの集大成とも言える本作は、血なまぐさい復讐劇ではありません。
それは、過ぎ去った時代と、実在した「ある女性」への、痛いほどの愛が詰まった物語です。
タランティーノがポッドキャスト『The Bret Easton Ellis Podcast』で語った「21世紀の映画ベスト20」を読み解き、彼の作家性に迫る本連載。
連載第9回となる今回のテーマは、「映画とノスタルジー」です。
舞台は1969年のロサンゼルス。ヒッピー文化が台頭し、古き良きハリウッドの黄金時代が終わろうとしていた夏。
落ち目のテレビ俳優リック・ダルトンと、そのスタントマンであるクリフ・ブース。
そして、彼らの隣に住む、新進気鋭の女優シャロン・テート。
タランティーノがリストアップした以下の3作品は、なぜ彼がこの時代をこれほどまでに美しく描いたのか、その理由を紐解く鍵となります。
- 『ミッドナイト・イン・パリ』: 「あの頃は良かった」というノスタルジー(郷愁)へのあくなき憧れ。
- 『ウエスト・サイド・ストーリー』: スクリーンの中でだけは夢が永遠に続く。映画史そのものへのリスペクト。
- 『トイ・ストーリー3』: 時代に取り残された「おもちゃ(カウボーイ)」たちが迎える、美しくも切ない別れ。
もしも、あの悲惨な事件が起きなかったら?
歴史を変えるためではなく、「失われた時を抱きしめるため」に作られたこの映画は、残酷な現実に対する、映画監督からの精一杯の抵抗なのです。
本記事のポイント(この記事でわかること)
- 『ミッドナイト・イン・パリ』との共通点:
ウディ・アレンが愛した1920年代パリのように、タランティーノが愛した1969年LAの「魔法」を解説。 - 『トイ・ストーリー3』との共通点:
リックとクリフの関係性は、ウッディとバズそのもの。「時代遅れ」になった男たちの友情と去り際を分析。 - タイトルの意味:
なぜラストシーンで涙が出るのか? 暴力の巨匠が最後に辿り着いた「優しさ」の正体。
連載一覧(バックナンバー)
本連載はどこから読んでも楽しめます。
- 第1回:タランティーノTOP20映画とは何か
- 第2回:『RESERVOIR DOGS』― 疑心暗鬼と会話の映画学
- 第3回:『PULP FICTION』― ストーリーを壊す快感
- 第4回:『JACKIE BROWN』― 大人のためのタランティーノ
- 第5回:『KILL BILL Vol.1&2』― ジャンル映画の大融合
- 第6回:『INGLOURIOUS BASTERDS』― 歴史を書き換える映画的暴力
- 第7回:『DJANGO UNCHAINED』― 復讐映画のエンタメ化
- 第8回:『THE HATEFUL EIGHT』― 密室と人間不信
- 第9回(今回):『ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD』― 映画とノスタルジー
- 第10回:タランティーノが教えてくれる「映画の観方」
※本ページはプロモーションが含まれています
はじめに|むかしむかし、ハリウッドで——暴力の巨匠が辿り着いた「優しさ」の境地
クエンティン・タランティーノ監督の9作目『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。
このタイトルは、英語でのおとぎ話の決まり文句「むかしむかし、あるところに(Once upon a time…)」から取られています。
これまでのタランティーノ作品といえば、ギャングが撃ち合い、ナチスをバットで殴り殺すような、過激な暴力描写がトレードマークでした。
しかし、本作の鑑賞後感はまったく異なります。
そこにあるのは、胸が締め付けられるような「切なさ」と、映画という夢の装置に対する「優しさ」です。
これは、暴力の巨匠がキャリアの終盤で辿り着いた、あまりにも個人的で、あまりにも美しい「思い出話」なのです。
シャロン・テートが生きていた夏——「1969年」という特別な時間を冷凍保存する
映画の大半は、何か大きな事件が起きるわけではありません。
レオナルド・ディカプリオ演じる落ち目の俳優と、ブラッド・ピット演じるスタントマンが、ただLAの街を車で流し、ラジオを聴き、ビールを飲む。
そして、マーゴット・ロビー演じる女優シャロン・テートが、パーティに行き、本屋で買い物を楽しむ。
物語の起伏よりも、「1969年のハリウッドの空気」そのものをフィルムに焼き付けることに、タランティーノは執着しました。
なぜなら、史実における1969年8月9日は、シャロン・テートがカルト集団「マンソン・ファミリー」に惨殺され、ヒッピー・ムーブメントの「愛と平和」の夢が終わりを告げた日だからです。
タランティーノは、その悲劇が訪れる前の、最も輝いていた瞬間を冷凍保存しようとしました。
彼女がただ生きている。笑っている。映画を楽しんでいる。
それだけのシーンが涙が出るほど尊く感じるのは、私たちが「その後に訪れる悲劇」を知っているからです。
21世紀の「ノスタルジックな名作」たちと共鳴する、切ないおとぎ話
今回、比較対象として挙げる『ミッドナイト・イン・パリ』や『トイ・ストーリー3』。
これらはジャンルこそ違えど、「過ぎ去りし日への愛」と「時代の変化を受け入れる痛み」を描いた傑作です。
- 『ミッドナイト・イン・パリ』のように、黄金時代への憧れを肯定し、
- 『トイ・ストーリー3』のように、役割を終えゆく者たちの友情を描く。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、これらの映画と強く共鳴します。
「昔は良かった」と懐かしむことは、決して悪いことじゃない。
タランティーノは、自身が子供時代を過ごした60年代の記憶を頼りに、映画という魔法を使って、残酷な歴史に優しい「嘘」をつくのです。
『ミッドナイト・イン・パリ』との共鳴|黄金時代への逃避行——「過去」こそが最も輝かしい場所
タランティーノが愛するウディ・アレンの傑作『ミッドナイト・イン・パリ』。
現代に生きる主人公が、憧れの1920年代パリへタイムスリップし、ヘミングウェイやピカソと出会う物語です。
この映画のテーマは、「昔は良かった」という懐古趣味(ゴールデン・エイジ・シンキング)です。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』もまた、タランティーノ自身による壮大な「過去への逃避行」です。
CGを使えばどんな未来も描ける時代に、彼はあえて莫大な予算をかけて1969年の街並みを再現し、その中をただドライブすることを選びました。
なぜなら彼にとって、「あの頃のハリウッド」こそが、世界で最も輝かしい場所だったからです。
リック・ダルトン(ディカプリオ)の涙——変わりゆく時代に取り残される恐怖
レオナルド・ディカプリオ演じるリック・ダルトンは、かつて西部劇のスターでしたが、今は悪役のゲスト出演で食いつなぐ落ち目俳優です。
彼は涙ながらに嘆きます。「俺は終わった(Has-been)んだ」と。
これは『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公が現代に馴染めなかった感覚と似ています。
新しい時代(ニューシネマやヒッピー文化)が到来し、自分が愛した「正統派の男らしさ」や「リーゼントヘア」が古臭いものとして否定されていく。
リックの焦りと哀愁は、「時代が変わることへの恐怖」そのものです。
しかしタランティーノは、そんな「時代遅れの男」を笑い者にしません。むしろ、変化に抗いながらも必死にセリフを練習する彼の姿を、愛おしく見つめるのです。
ロサンゼルスという魔法——ウディ・アレンがパリを愛したように、彼はLAを愛した
『ミッドナイト・イン・パリ』の冒頭が、雨のパリの美しい風景モンタージュであったように、本作は「ロサンゼルスへのラブレター」です。
- ネオンサインが灯る映画館(シネラマ・ドーム)
- カーラジオから流れる60年代のヒット曲とDJの声
- 夕暮れのフリーウェイを走るキャデラック
タランティーノは、看板のフォント一つに至るまで、自身の記憶にある「魔法」を再現することに執着しました。
物語の背景ではなく、「街そのものが主役」なのです。
この映画を観ている間、私たちはタランティーノの記憶の中にある、一番カッコよかった時代のアメリカ旅行へ連れて行ってもらえるのです。
修正された歴史——「もしもあの事件が起きなければ」という、甘く切ない祈り
『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公は、最終的に「過去には戻れない」という現実を受け入れます。
しかし、タランティーノは現実を受け入れません。
「映画の中くらい、夢を見させたっていいじゃないか」
そう言わんばかりに、彼は歴史を書き換えます(フィクションの力)。
史実では、マンソン・ファミリーによって「黄金時代」は惨劇と共に幕を閉じました。
しかし、本作のラストは違います。
それは、「もしもあの夜、何も起きなかったら、その先の未来はもっと明るかったのではないか?」という、タランティーノの甘く、そして痛いほど切ない祈りなのです。
Note|本作の視聴方法について
1969年の空気感を「体験」する本作は、できるだけ画質や音質の良い環境での視聴をおすすめします。
現在、『ミッドナイト・イン・パリ』はU-NEXTでの見放題配信は行われていません。
Amazon Prime Videoなどのレンタル配信、またはBlu-ray等でお楽しみください。
特に、特典映像やメイキングが含まれるソフト版では、タランティーノがいかに狂気的なこだわりで街並みを再現したかを知ることができ、感動がより深まります。
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『ウエスト・サイド・ストーリー』との共鳴|映画史リスペクト——スクリーンの中で「夢」は永遠に踊り続ける
タランティーノがリストに挙げた『ウエスト・サイド・ストーリー』(※彼はスピルバーグ版も絶賛していますが、ここでは作品が持つ映画史的な「夢の力」として紐解きます)。
ミュージカル映画が見せる、現実よりも鮮やかで、感情が爆発するような世界。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』には、歌って踊るシーンこそありませんが、全編にわたって「映画を作ること、映画を観ることへの喜び」がミュージカルのように溢れています。
これは、映画という虚構(嘘)の世界で生きる人々に捧げられた、極彩色の賛歌なのです。
シャロン・テート(マーゴット・ロビー)の映画館——自分自身を観るという至福の時間
本作で最も美しく、最も泣けるシーンの一つが、シャロン・テートが映画館へ行く場面です。
彼女はチケット売り場で「私がこの映画に出ているの」と少し自慢げに話し、暗闇の中でスクリーンを見上げます。
そこで映し出されるのは、現実のシャロン・テートが出演した『サイレンサー第4弾/破壊部隊』の映像です。
観客が自分の演技を見て笑うのを聞いて、彼女は本当に嬉しそうに微笑みます。
ここには、悲劇の被害者としての彼女はいません。
ただ、夢を追いかけ、夢が叶った瞬間の「生きている喜び」だけがあります。
スクリーンの中で彼女は永遠に若く、永遠に笑っている。タランティーノはこのシーンを通して、彼女を死の運命から救い出し、映画史という永遠の場所へ招待したのです。
職人たちへの賛歌——スタントマン、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)の矜持
華やかなスターの裏には、体を張ってその輝きを支える職人たちがいます。
ブラッド・ピット演じるクリフ・ブースは、主役(リック)の影武者であるスタントマンです。
『ウエスト・サイド・ストーリー』のダンサーたちが、指先まで神経を尖らせて完璧な動きを見せるように、クリフもまたプロフェッショナルとしての美学を持っています。
彼は文句を言わず、スターを立て、危険な仕事を引き受ける。
タランティーノは、CG全盛の現代において失われつつある「生身のアクション」と、それを支えた「裏方の男たち」に対し、最大限の敬意(リスペクト)を払っています。
屋根の上でアンテナを直す背中だけで「男のカッコよさ」を語れるのは、映画史への愛があるからこそです。
鮮やかな色彩と音楽——古き良きミュージカル映画のような「多幸感」の正体
この映画を観ていて感じる「多幸感」の正体は、その色彩設計にあります。
突き抜けるようなカリフォルニアの青空、毒々しいほど鮮やかなネオンサイン、黄色いキャデラック。
画面の彩度は高く設定されており、まるで往年のテクニカラー映画やミュージカル映画を見ているような「人工的な明るさ」に満ちています。
そこに60年代のヒットナンバーが絶え間なく流れることで、車を運転しているだけのシーンが、まるでダンスシーンのようにリズミカルに見えてくるのです。
残酷な現実(マンソン・ファミリーの影)が忍び寄っているにも関わらず、映画全体がポップで明るい。
このギャップこそが、ラストの展開をより劇的で、感動的なものにしています。
Note|もっと深く作品を楽しむために
劇中でシャロン・テートが観ている映画『サイレンサー第4弾/破壊部隊』や、リックが出演する西部劇の元ネタなどを知ると、タランティーノの細かすぎるこだわりに驚愕すること間違いなしです。
映画史の知識がなくても十分楽しめますが、知っていればタランティーノと「共犯関係」になれる。
何度観ても新しい発見がある本作を、楽しんでください。
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『トイ・ストーリー3』との共鳴|美しい終わり方——「時代遅れ」の男たちが交わした友情
タランティーノは2010年のベスト映画に、まさかのアニメーション映画『トイ・ストーリー3』を選出しました。
彼はこの映画を「完璧な物語の完結」と絶賛しています。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』もまた、ある種の「完結編」です。
それは、テレビ西部劇という「古いおもちゃ」だったリック・ダルトンと、その相棒クリフ・ブースが、新しい時代(ニューシネマやヒッピー文化)の到来を前に、どのように幕を引くかという物語だからです。
アンディとの別れ、リックとの別れ——役割を終えた「おもちゃ(スター)」の去り際
『トイ・ストーリー3』のウッディたちは、持ち主であるアンディの成長によって「遊ばれなくなる」という恐怖に直面します。
これは、本作のリック・ダルトンが抱える恐怖とまったく同じです。
かつては子供たちのヒーローだったリックも、今や「過去の人」。
業界の流行は変わり、彼は悪役として殴られることでしか居場所を見つけられません。
「俺たちはもう必要とされていないのか?」
この切実な問いに対し、タランティーノは『トイ・ストーリー3』同様に、残酷な現実を突きつけつつも、「役割の変化を受け入れること」で得られる新しい尊厳を描き出しました。
最強のバディ・ムービー——言葉はいらない、ただ隣にいてくれるだけの救い
リックとクリフの関係は、ウッディとバズの関係そのものです。
情緒不安定で自分が一番でないと気が済まないリック(ウッディ)と、無口で現実的だが、いざという時は誰よりも頼りになるクリフ(バズ)。
彼らは多くを語り合いませんが、常に隣にいます。
リックが撮影現場で自信を喪失し、トレーラーで泣き崩れる時も、クリフは余計な慰めを言わず、ただサングラス越しに見守るだけです。
「お前はいい友達だ(You’re a good friend.)」
ラスト付近で交わされるこの短い言葉に、長い年月を共有した男たちだけの絆が凝縮されています。
恋人でも家族でもない、ただ「相棒」という関係の美しさが、この映画の根幹を支えているのです。
開かれたゲート——完璧なラストシーンがもたらす、未来への微かな希望
『トイ・ストーリー3』のラスト、おもちゃたちは新しい持ち主ボニーの元へ引き取られ、アンディは車で去っていきました。
それは「別れ」であると同時に、「新しい人生の始まり」でもありました。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のラストシーンもまた、映画史に残る美しい「扉」が開きます。
事件の夜を生き延びたリックの前に、隣に住むシャロン・テート邸のゲートが静かに開くのです。
これまで「あちら側の世界(成功者)」と「こちら側の世界(落ち目)」を隔てていたゲート。
それが開き、リックが招き入れられる瞬間、私たちは思います。
「ここからまた、新しい物語が始まるのだ」と。
それは史実とは異なる結末ですが、タランティーノが愛したキャラクターたちに用意した、これ以上ないほど優しく、希望に満ちた「完璧なハッピーエンド」なのです。
Note|2つの「完璧なラスト」を見比べる
涙なしには見られない『トイ・ストーリー3』のラストと、安堵と優しさに包まれる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のラスト。
この2作を続けて観ると、タランティーノが何を描こうとしたのかが驚くほど鮮明に見えてきます。
『トイ・ストーリー3』はDisney+(ディズニープラス)などで配信されています。
時代に取り残された男たちの「その後」に想いを馳せてみてください。
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分析|ナチスを燃やした炎で、悪魔を祓う——暴力による「平和」の回復
『イングロリアス・バスターズ』で、映画館に閉じ込めたナチスを燃やし、ヒトラーを蜂の巣にして第二次世界大戦を終わらせたタランティーノ。
彼は本作でも、同じ手法——「暴力による歴史の修正」——を用いました。
しかし、今回の暴力は少し質が違います。
それは復讐のためではなく、「平和な日常」を守るための暴力です。
プールに浮かび、カクテルを飲むリック。愛犬に餌をやるクリフ。
そんな穏やかな夜を壊そうとする侵入者に対し、タランティーノは容赦ない鉄槌を下します。
マンソン・ファミリーの描き方——恐ろしいカルトではなく、退治されるべき「害虫」として
史実におけるマンソン・ファミリーは、全米を震撼させた「恐怖の象徴」です。
しかし、タランティーノはこの映画で、彼らからカリスマ性や神秘性を徹底的に剥ぎ取りました。
劇中の彼らは、ただうるさく、計画性がなく、タイヤをパンクさせることしかできない「間抜けな若造たち」として描かれます。
クリフ・ブースにあっさりとボコボコにされ、リック・ダルトンには「ヒッピー野郎!」と怒鳴り散らされる。
タランティーノは彼らを「倒すべき強敵」としてすら扱いません。
平和なハリウッドに湧いた、駆除されるべき「害虫」として描き、観客が彼らに抱く恐怖心を、嘲笑へと変えてしまったのです。
火炎放射器のカタルシス——史実の残酷さを、映画の嘘(フィクション)で焼き尽くす
クライマックス、プールに落ちた襲撃犯に対し、リック・ダルトンが持ち出したのは、かつて映画の撮影で使った「火炎放射器」でした。
これ以上ないほど荒唐無稽な展開ですが、このシーンには強烈なカタルシスがあります。
それは単に悪人が死ぬからではありません。
「映画の小道具(=嘘)」が、現実の殺人鬼(=真実)を焼き尽くすからです。
現実の1969年では、残酷な刃物がシャロン・テートの命を奪いました。
しかし、この映画の中では、フェイクの武器が彼女を守ります。
あの炎は、マンソン・ファミリーだけでなく、私たち観客の心に巣食う「あの事件のトラウマ」さえも浄化する、聖なる炎だったのです。
タイトルに込められた意味——これはタランティーノが子供たちに語る「おとぎ話」
『ONCE UPON A TIME…(むかしむかし、あるところに)』
このタイトルが示す通り、本作はタランティーノが愛するハリウッドへの、そして次の世代へ語り継ぐための「おとぎ話(フェアリー・テイル)」です。
おとぎ話には、悪い狼や魔女が出てきますが、最後には必ず退治され、主人公たちは「いつまでも幸せに暮らしました」という結末を迎えます。
タランティーノは、大人になって知ってしまった残酷な現実(シャロン・テートの死)を拒絶し、「映画の中だけは、ハッピーエンドであってほしい」という子供のような純粋さで、この物語を締めくくりました。
ゲートの向こうで微笑むシャロン・テート。
その姿は、映画の神様に愛された監督だけが描ける、奇跡のような救済なのです。
まとめ|映画は、現実よりも優しい
タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で証明したのは、「映画は、現実よりも優しい」という真実でした。
現実は残酷で、時間は不可逆で、大切なものはいつか失われます。
しかし、映画の中であれば、時計の針を戻すことも、死者を蘇らせることも、悲劇を喜劇に変えることもできます。
暴力の巨匠と呼ばれた男が、キャリアの後半で振りかざした暴力。
それは、誰かを傷つけるためではなく、「私たちが愛した映画と、その時代を生きた人々を守るため」の、あまりにも純粋な祈りだったのです。
今回の3作品から学ぶ、タランティーノ流「愛の物語」の受け取り方
この161分間の「魔法の時間」を最大限に味わうために、ぜひ以下の視点で鑑賞してみてください。
- 「タイムトラベル」として楽しむ
(『ミッドナイト・イン・パリ』的視点)
ストーリーを追うのをやめて、ただ1969年の空気感を浴びてください。ラジオの音、車のエンジン音、ネオンの光。そこはタランティーノが作り上げた、世界で一番居心地の良いテーマパークです。 - 「職人への敬意」を見つける
(『ウエスト・サイド・ストーリー』的視点)
スタントマンの身のこなし、衣装の質感、そしてシャロン・テートの笑顔。細部に宿る「映画への愛」を見つけるたび、胸が温かくなるはずです。 - 「最高の友情」に乾杯する
(『トイ・ストーリー3』的視点)
リックとクリフ。言葉はいらない二人の関係性は、映画史上最高のブロマンス(男同士の友情)の一つです。彼らがピザを食べ、ビールを飲むだけのシーンこそが、この映画の宝物です。
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次回予告
全10回にわたってお届けしてきた本連載も、ついに次回が最終回です。
これまで、タランティーノ自身が選んだ「21世紀の映画ベスト20」を通して、彼自身の監督作品を読み解いてきました。
『バトル・ロワイアル』から『トイ・ストーリー3』まで。
一見バラバラに見えるこのリストには、タランティーノが私たちに伝えたかった「あるメッセージ」が隠されています。
それは、映画をどう愛し、どう楽しみ、そしてどう生きるかという、彼なりの哲学です。
【連載 第10回(最終回)】
タランティーノが教えてくれる「映画の観方」
次回は総決算。
このリスト全体を俯瞰し、タランティーノという稀代のシネフィルが、21世紀の映画界に何を残そうとしたのか。
そして、私たちはこれからどう映画と付き合っていくべきか。
その答えを探す、最後の旅に出かけましょう。
お楽しみに。


