タランティーノ厳選21世紀の映画TOP20からの『レザボア・ドッグス』再考

コラム

【連載第2回】タランティーノがいま『レザボア・ドッグス』を語るなら。21世紀のTOP20から読み解く「疑心暗鬼と密室の美学」

1992年、サンダンス映画祭。黒いスーツに身を包んだ男たちが、くだらない雑談を交わしながらダイナーを出ていく。

その直後、映画史は不可逆的に書き換えられました。

クエンティン・タランティーノの長編デビュー作『レザボア・ドッグス(Reservoir Dogs)』です。

これまで、タランティーノ作品といえば「彼が過去の傑作から何を引用したか(オマージュ元)」が語られがちでした。しかし、本連載のアプローチは逆です。

「タランティーノが選んだ“21世紀の映画”を知れば、彼自身の作家性の核が見えてくるのではないか?」

本連載は、タランティーノ本人が『The Bret Easton Ellis Podcast』で語った「21世紀の映画ベスト20」をリスト化し、そこから彼の創作論を逆引きで紐解く試みです。

連載第2回となる今回のテーマは、デビュー作『レザボア・ドッグス』の再定義

彼がベストリストに挙げた『ゾディアック』『キャビン・フィーバー』『デビルズ・リジェクト』の3作品。一見バラバラに見えるこれらの映画と『レザボア・ドッグス』を重ね合わせることで、タランティーノが本当に描きたかった「密室」「疑心暗鬼」、そして「最悪な空気の描き方」が浮き彫りになります。

スタイリッシュなだけではない、タランティーノ映画の「居心地の悪い面白さ」の正体へ。ようこそ、裏切りの倉庫へ。

本記事のポイント(この記事でわかること)

  • 『ゾディアック』との共通点:
    なぜタランティーノは「見せない暴力」と「終わらない会話」を愛するのか?
  • 『キャビン・フィーバー』との共通点:
    完成度よりも大切な「初期衝動」と「ジャンル愛」の暴走について。
  • 『デビルズ・リジェクト』との共通点:
    クズしか出てこない世界観で、観客を惹きつける「悪のカリスマ性」とは?

これまでの連載

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はじめに|『レザボア・ドッグス』は単なるバイオレンス映画ではない

1992年の公開当時、『レザボア・ドッグス』はその過激な暴力描写で世間を騒がせました。耳を削ぎ落とすシーンの衝撃は、今なお語り草です。

しかし、公開から30年以上が経過し、タランティーノが巨匠となった今、この作品を見返すとあることに気づきます。それは、この映画の本質は「暴力アクション」ではなく、極めて静的で知的な「心理サスペンス」であるという事実です。

銀行強盗を描いた映画でありながら、強盗シーンは一切映らない。

描かれるのは、事後の倉庫での「揉め事」だけ。

タランティーノのデビュー作にして最高傑作のひとつとも呼ばれる本作を、単なる「血しぶきと暴力の映画」として片付けるのはあまりに惜しい。ここではまず、本作が持つ特異な構造をおさらいしましょう。

タランティーノの原点=「会話」と「密室」

『レザボア・ドッグス』を映画的なジャンルで分類するなら、アクション映画というよりは「密室劇(チェンバー・プレイ)」に近い作品です。

物語の大半は、薄汚れた倉庫(ウェアハウス)の中で進行します。

そこに集まるのは、互いの素性を知らない6人の犯罪者たち。警察の罠にハマり、強盗計画が失敗した後、彼らは一つの疑念に囚われます。

「この中に、裏切り者(ネズミ)がいる」

逃げ場のない閉鎖空間で、彼らが武器にするのは銃ではなく「言葉」です。

誰が裏切ったのか? お前があの時どう動いたか? 俺はこう見ていた……。

タランティーノの脚本は、キャラクターたちに延々と喋らせることで、「いつ、誰が、引き金を引くかわからない」という極限の緊張感(サスペンス)を作り出しました。

  • 見せない強盗シーン
  • 限定された空間(密室)
  • 終わりのない無駄話と探り合い

これらは低予算ゆえの苦肉の策であったと同時に、タランティーノが生来持っていた作家性そのものでした。彼は、派手な爆発よりも「空気が張り詰める瞬間」を、何よりも愛していたのです。

なぜ今、21世紀の映画と重ね合わせるのか

では、なぜ今回の連載で、タランティーノ自身の映画ではなく、彼が選んだ「21世紀の他監督の映画」と比較するのでしょうか?

それは、彼が「好きな映画」として挙げた作品群にこそ、彼が『レザボア・ドッグス』で本当にやりたかったことの答え合わせが含まれているからです。

今回取り上げる3作品(『ゾディアック』『キャビン・フィーバー』『デビルズ・リジェクト』)は、一見するとジャンルもバラバラです。しかし、タランティーノのフィルターを通すと、驚くべき共通項が浮かび上がってきます。

  • 『ゾディアック』に見る、暴力以上の「会話の恐怖」
  • 『キャビン・フィーバー』に見る、若さと「勢いの美学」
  • 『デビルズ・リジェクト』に見る、社会不適合者たちの「絆」

これらは全て、『レザボア・ドッグス』を構成する重要な成分(DNA)です。

2000年代以降の傑作を通してデビュー作を振り返ることで、「タランティーノはずっと、こういう映画が撮りたかったし、観たかったんだ」という彼の映画への偏愛が、より立体的に見えてくるはずです。

さあ、ここからは具体的な作品との共鳴を見ていきましょう。

まずは、デヴィッド・フィンチャーが描いた「実録サスペンスの傑作」からです。

『ゾディアック』との共鳴|言葉で殴り合う「会話のサスペンス」

タランティーノが選んだリストの中で、多くのファンが「意外であり、かつ納得」と唸ったのが、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』(2007)です。

緻密で冷徹な画作りをするフィンチャーと、B級映画愛に溢れるタランティーノ。作風は対極に見えますが、実は「会話劇でサスペンスを作る」という点において、この2人は強く共鳴しています。

タランティーノが『ゾディアック』を評価するのは、犯人探しのミステリーとしてではなく、「言葉による精神的な暴力」が描かれているからに他なりません。

銃撃戦よりも怖い?『ゾディアック』に見る精神的暴力

『ゾディアック』は連続殺人鬼を追う映画ですが、上映時間のほとんどは「殺人」ではなく「会話」に費やされます。新聞社の編集部、警察署の取調室、図書館……。そこにあるのは、終わりのない議論と電話、そして手紙です。

しかし、タランティーノはこの「膠着状態」こそを愛しています。

『レザボア・ドッグス』を思い出してください。あの映画も、強盗そのものではなく、強盗の前後の「会話」が主役でした。

「マドンナの『ライク・ア・ヴァージン』の解釈」や「チップを払うか否か」といった無駄話。そして事件後の「誰が裏切ったのか?」という探り合い。

タランティーノにとって、銃弾が飛び交う派手なアクションよりも、「こいつは敵なのか? 味方なのか?」とテーブル越しに腹を探り合う会話の方が、よほどスリリングで暴力的なのです。彼は『ゾディアック』の中に、自身がデビュー作で目指した「言葉で殴り合う映画」の究極形を見たのでしょう。

『レザボア』の食卓シーンと、地下室の緊張感

両作品の共通点が最も色濃く出ているのが、「密室での1対1」の演出です。

『ゾディアック』には伝説的な「地下室のシーン」があります。主人公が情報を求めてある男の家を訪れ、薄暗い地下室へ案内される場面です。

ここで派手な暴力は起きません。ただ、「この男が犯人かもしれない」という疑心暗鬼と、たわいもない会話が続くだけ。しかし、その緊張感はホラー映画を凌駕します。

これはまさに、『レザボア・ドッグス』におけるホワイトとピンク、あるいはブロンドと警官の関係性と同じです。

閉ざされた空間(倉庫/地下室)で、相手が何を考えているかわからない恐怖。

タランティーノは、フィンチャーが演出した「殺されるかもしれない空気」の純度の高さに、強烈なシンパシーを感じたはずです。どちらの映画も、「日常会話の皮を被った心理戦」を描く教科書のような作品です。

共通するのは「見せない恐怖(Unseen Violence)」の演出

そしてもう一つ、決定的な共通点があります。それは「肝心なところを見せない」という美学です。

  • 『レザボア・ドッグス』:
    銀行強盗の決定的瞬間を映さない。有名な「耳切りシーン」でも、カメラは切断の瞬間、ふっと横に逸れます。
  • 『ゾディアック』:
    多くの殺人シーンは淡白で、犯人の姿(正体)は最後まで霧の中。決定的なカタルシスを観客に与えません。

「見せない」ことで、観客の想像力を刺激し、恐怖を倍増させる。

タランティーノはしばしば「暴力的」と言われますが、実は「暴力の気配」を操る演出家です。『ゾディアック』が持つ、真綿で首を絞めるような、じっとりとした「見せない恐怖」。

これこそが、タランティーノが21世紀の映画に求めたリアリティの一つだったのです。

Check!|実際にその目で確かめる

「会話だけでここまで緊張するのか」という体験は、あらすじを読むだけでは伝わりません。

タランティーノが痺れた『ゾディアック』の地下室シーン、そして『レザボア・ドッグス』の倉庫の空気感。まだ観ていない方は、ぜひ続けて鑑賞して「嫌な汗」をかいてみてください。

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『キャビン・フィーバー』との共鳴|初期衝動と「若さゆえの粗さ」

ポール・トーマス・アンダーソンやデヴィッド・フィンチャーといった巨匠たちの名作が並ぶTOP20リストの中で、異彩を放っているのがイーライ・ロス監督のデビュー作『キャビン・フィーバー』(2002)です。

森の小屋(キャビン)に来た若者たちが、謎のウイルスに感染し、皮膚がただれていく……。

いわゆる典型的な「B級ホラー」ですが、タランティーノはこの作品を「21世紀のベスト映画の一つ」として激賞し続けています。

なぜか? それは、この映画が『レザボア・ドッグス』と同じ「野心的で、不格好で、愛すべきデビュー作の魂」を持っているからです。

タランティーノがイーライ・ロスを愛する理由

タランティーノとイーライ・ロスは、映画界きっての盟友(兼・悪友)として知られています。ロスは『イングロリアス・バスターズ』に出演し、『デス・プルーフ』にも関わりました。

二人に共通するのは、「映画というジャンルへの異常なまでの愛情と、博識ぶり」です。

タランティーノが『キャビン・フィーバー』を観たとき、彼はそこに自分と同じ匂いを嗅ぎ取りました。「俺と同じ人種が、俺が観たかった80年代ホラーを、現代に蘇らせてくれた!」という歓喜です。

教科書通りの優等生的な映画ではなく、「俺はこれが好きなんだ!」というエゴを隠そうともしない姿勢。タランティーノが求めているのは、洗練された技術よりも、作家の「顔」が見える映画なのです。

完璧さよりも「熱量」——B級ホラーへの偏愛とジャンル愛

『キャビン・フィーバー』は、決して完璧な映画ではありません。物語は荒唐無稽で、悪趣味な描写も満載です。しかし、その「粗さ(Roughness)」こそが魅力です。

これは『レザボア・ドッグス』にも通じる美学です。

『レザボア』もまた、低予算ゆえの制約があり、荒削りな部分も多い作品です。しかし、タランティーノはそれを「スタイル」に変えました。

  • 『キャビン・フィーバー』: 80年代スプラッター映画へのラブレター
  • 『レザボア・ドッグス』: 70年代犯罪映画や香港ノワールへのラブレター

両作品とも、監督自身の「ジャンル愛」が爆発しており、「好きなものを全部詰め込んでやる」という熱量が画面から溢れ出しています。タランティーノにとって、きれいにまとまった退屈な映画よりも、多少歪んでいても作り手の愛が伝わってくる映画の方が、遥かに価値が高いのです。

デビュー作特有の「暴走するエネルギー」を比較する

タランティーノがこの映画を選んだ最大の理由は、「デビュー作にしか宿らない、制御不能なエネルギー」への共感でしょう。

『レザボア・ドッグス』の冒頭、タランティーノ自身が演じるミスター・ブラウンが、延々と「ライク・ア・ヴァージン」の意味を語るシーン。あれは物語上、全く必要ありません。しかし、「俺の話を聞け!」という監督の自己主張が強烈に刻まれています。

『キャビン・フィーバー』にも、イーライ・ロスの悪ふざけのような演出や、過剰なグロテスク描写が散りばめられています。

計算して作られた映画ではなく、若さと情熱が暴走して生まれた映画

タランティーノは、21世紀の映画たちの中に、かつて自分が『レザボア・ドッグス』を作った時と同じ「初期衝動」を見つけ出し、それを愛でているのです。

Check!|“初期衝動”の塊を今すぐ目撃する

巨匠になる前の「若き日のタランティーノ」が持っていたギラギラした空気感。そして、彼が「弟分」として認めたイーライ・ロスが放つ、悪趣味ギリギリのエネルギー。

この2作品を見比べることで、「映画を撮りたくてたまらない!」というクリエイターの原石のような輝きを感じ取ることができます。

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『デビルズ・リジェクト』との共鳴|クズしかいない世界での「仁義」

タランティーノのTOP20リストの中で、最も凶悪で、最も倫理的に問題がある作品。それがロブ・ゾンビ監督の『デビルズ・リジェクト マーダー・ライド・ショー2』(2005)です。

前作『マーダー・ライド・ショー』に登場した殺人鬼一家が、警察に追われながら殺戮の逃避行を繰り広げるこの映画。登場人物は全員、同情の余地のない「クズ」ばかりです。

しかし、タランティーノはこの作品を愛してやみません。

なぜなら、ここには『レザボア・ドッグス』の核心である「悪党(ヴィラン)だけが共有する絆と仁義」が、極めて純度の高い状態で描かれているからです。

共感不可能なキャラクターたちを、なぜ見続けてしまうのか

『レザボア・ドッグス』のミスター・ブロンド(マイケル・マドセン)を思い出してください。彼は警察官を拉致し、笑いながらカミソリで切り刻むサディストです。本来なら観客から嫌われるべき存在ですが、映画史に残る「カリスマ的な悪役」として愛されています。

『デビルズ・リジェクト』のファイアフライ一家も同様です。彼らは極悪非道ですが、映画が進むにつれて、観客は不思議と彼らから目が離せなくなります。

タランティーノとロブ・ゾンビに共通するのは、「悪人にも彼らなりの生活があり、会話があり、家族愛がある」という描き方です。

  • 一般的な映画: 悪=倒されるべき敵
  • タランティーノの映画: 悪=魅力的な主人公

「こいつらは最悪だ。でも、なんて楽しそうに会話をするんだ」。

この道徳的な不快感と、キャラクターとしての魅力が同居する居心地の悪さこそ、タランティーノが『レザボア・ドッグス』で発明し、『デビルズ・リジェクト』に見出した最高のエンターテインメントなのです。

ロブ・ゾンビ作品に通じる「悪人たちのロードムービー」感

『レザボア・ドッグス』は倉庫という密室劇ですが、精神的には「逃げ場のないロードムービー」のような閉塞感があります。一方、『デビルズ・リジェクト』は文字通りのロードムービーです。

両作品に通底するのは、「破滅に向かって突き進む男(と女)たちの哀愁」です。

警察(=社会のルール)に包囲され、逃げ場を失っていく悪党たち。彼らは自分たちが助からないことを悟りながらも、命乞いはしません。最後まで「悪党としてのプライド」を貫こうとします。

タランティーノは、この「滅びの美学」に弱いです。『レザボア』のラスト、ミスター・ホワイトがとった行動と、『デビルズ・リジェクト』のラストシーンで一家がとった行動。形は違えど、そこには社会からはじき出された者同士の、痛切な「仁義」が存在しています。

倫理観を排除した先にある、純粋な映画的快楽

映画に「教訓」や「正しさ」を求める人にとって、この2作品は猛毒でしょう。

しかし、タランティーノは「映画の中くらい、倫理観(モラル)をOFFにしようぜ」と語りかけてきます。

『デビルズ・リジェクト』のラスト、レーナード・スキナードの『フリー・バード』が流れる中での銃撃戦は、映画史に残る名シーンです。そこでは、彼らが犯した罪の重さは一時的に忘れ去られ、ただただ映像と音楽の快楽だけが残ります。

『レザボア・ドッグス』のクライマックス、3すくみ(メキシカン・スタンドオフ)の銃撃戦も同じです。悲劇なのに、どこか美しい。

タランティーノがこの映画を選んだのは、「理屈や道徳を超えて、観客の感情を揺さぶるパワー」がそこにあるからです。「不謹慎だけど面白い」。その背徳感こそが、映画というメディアだけが提供できる麻薬なのです。

Check!|最凶の”悪の魅力”に酔いしれる

「善人が勝つ話はもう飽きた」という方へ。

タランティーノが描いたスタイリッシュな強盗たちと、ロブ・ゾンビが描いた汚れた殺人鬼一家。どちらも決して友達にはなりたくない連中ですが、スクリーン越しに見る彼らは、恐ろしいほど輝いています。

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分析|タランティーノが愛するのは「空気が最悪」な映画

ここまで『レザボア・ドッグス』と、タランティーノが選んだ21世紀の3作品を比較してきました。そこで浮かび上がってくる一つの結論があります。

それは、タランティーノにとっての「面白い映画」とは、必ずしも物語が感動的であったり、アクションが派手な映画ではないということ。彼が何よりも重視するのは、スクリーンから漂う「空気の悪さ(Bad Vibes)」です。

これは決して批判ではありません。映画というフィクションにおいて、「居心地が悪い」「気まずい」「見ていられない」という感覚は、「サスペンス(緊張感)」という名の極上のエンターテインメントに変換されるからです。

派手なアクションよりも重視される「嫌な予感」

タランティーノ映画、特に『レザボア・ドッグス』の凄みは、「暴力そのもの」よりも「暴力が起きる直前の静寂」にあります。

  • 『ゾディアック』の地下室
  • 『キャビン・フィーバー』の感染への恐怖
  • 『デビルズ・リジェクト』の逃避行

これらタランティーノお気に入りの作品に共通するのは、常に「何か嫌なことが起きそうだ」という予感が張り詰めている点です。

爆発や銃撃戦は、起きてしまえば一瞬で終わります(解放されます)。しかし、「いつ起きるかわからない」という状態は、観客の神経をじわじわと摩耗させます。

タランティーノは、ゴムパッチンを極限まで引っ張った状態、つまり「空気が最悪な時間」をいかに長く持続させるかに、映画監督としての快楽を見出しているのです。

疑心暗鬼が生み出す、極上のエンターテインメント

この「最悪な空気」を最大化する装置として機能するのが、「疑心暗鬼(Paranoia)」です。

『レザボア・ドッグス』において、倉庫という密室は「信頼」が崩壊した地獄です。「誰かが裏切っている」という疑念が、仲間同士の会話をすべて「探り合い」に変えてしまいます。

観客は神の視点(誰が警官か知っている状態)でそれを見守ることもあれば、登場人物と同じ視点で混乱することもあります。いずれにせよ、そこに生まれるのは「言葉の裏を読み合う」という知的なスリルです。

ただ人が死ぬだけのスプラッター映画と、タランティーノが好むバイオレンス映画の違いはここにあります。

人間関係がもつれ、疑いが疑いを呼び、張り詰めた風船が破裂する瞬間のカタルシス。これこそが、彼が21世紀の映画たちの中にも探し求めた「映画的な興奮」の正体でしょう。

『レザボア・ドッグス』が21世紀映画に与えたDNA

こうして見ると、『レザボア・ドッグス』という作品が、後の映画界に与えた影響の大きさが改めて分かります。

低予算でも、セットが一つしかなくても、「脚本(会話)」と「役者の演技」さえあれば、超大作を超えるスリルは生み出せる

この発明は、その後のインディーズ映画やサスペンス映画のハードルを大きく上げ、同時に多くのフォロワーを生みました。

タランティーノが『ゾディアック』や『キャビン・フィーバー』を愛するのは、そこに自分自身が撒いた種(DNA)の進化系を見ているからかもしれません。

「金なんてかけなくていい。ただ、観客を不安にさせろ。居心地悪くさせろ。そして最後に驚かせろ」

21世紀のTOP20リストからは、デビューから一貫して変わらない、彼のそんな映画哲学が聞こえてくるようです。

まとめ|“不快さ”を“面白さ”に変える魔法

タランティーノが選んだ21世紀の映画たちを通して、彼の原点『レザボア・ドッグス』を振り返ってきました。

そこで見えてきたのは、「不快であること(Unpleasant)」を「面白い(Fun)」に変えてしまう、タランティーノの魔法のような演出力です。

密室に漂う気まずさ、誰が裏切るかわからない疑心暗鬼、そして生理的な嫌悪感すら催す暴力描写。普通なら目を背けたくなる要素を、彼は「会話」と「スタイル」によって、極上のエンターテインメントへと昇華させています。

今回の3作品から学ぶ、タランティーノ映画の楽しみ方

もしあなたがこれからタランティーノ作品、あるいは彼が推奨する映画を観るなら、ぜひ以下のポイントを意識してみてください。映画体験がよりリッチになるはずです。

  • 「会話」をアクションとして観る
    (『ゾディアック』×『レザボア・ドッグス』)
    銃を撃つだけが戦いではありません。テーブル越しの探り合いこそが、タランティーノ映画における最大の決闘です。
  • 「粗さ」を愛でる
    (『キャビン・フィーバー』×『レザボア・ドッグス』)
    完璧に整った映画よりも、作り手の「撮りたい!」という初期衝動が暴走している部分を探してみてください。
  • 「悪」の側に立ってみる
    (『デビルズ・リジェクト』×『レザボア・ドッグス』)
    倫理観を一旦脇に置き、社会からはじき出された悪党たちの「絆」や「美学」に身を委ねてみましょう。

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「解説を読んだら、無性に映画が観たくなった」。

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次回予告
『レザボア・ドッグス』で密室劇の極致を描いたタランティーノ。
しかし、彼の次なる一手は、映画の「時間」そのものを破壊することでした。

【連載 第3回】
『PULP FICTION』― 時間軸の解体と“語り”の魔術

次回は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞し、90年代のポップカルチャーを決定づけた金字塔『パルプ・フィクション』を深掘りします。
タランティーノが選ぶ21世紀の映画リストから、「複雑な語り口(ナラティブ)」を持つ傑作たちを召喚し、時系列をシャッフルする魔法の正体に迫ります。

お楽しみに。

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